
起業は「出来ること」と「喜んでもらえること」が重なった場所にある
畑を耕す、種を蒔く、農薬を散布する…「真っ直ぐ隙間なくトラクターで走る」というのは、農業に必要不可欠な技術です。トラクター初心者が運転すると、畑の約10%も隙間ができたり重複して走ったりしてしまっているのです!(2008年代表濱田調査内容より)農薬散布に隙間があったら害虫が発生してしまったり…重複してしまったら無駄に農薬代がかかったり…農家にとって「真っ直ぐ隙間なく」走るのは大きな願いでもあります。そんな状況を改善し、より多くの農家が簡単に走るためのトラクター運転支援アプリ『AgriBus-NAVI』を運営している、株式会社農業情報設計社CEO(最高経営責任者)濱田安之さんにお話を伺いました!濱田さんが起業されたのは、20年間ほど会社員を経験した後の2014年4月。そこから10ヶ月でアプリをリリースし、2015年秋には日本最大級のカンファレンス『Infinity Ventures Summit(インフィニティ・ベンチャーズ・サミット、通称IVS)』の LaunchPadで1位に。その後も、数々のピッチイベントで賞を収めます。そんな濱田さんの起業後大変だった出来事や、起業観について詳しくお話を聞いてみました。
-大学から農業に携わっていたようですが、いつから農業に関して興味関心があったのですか?
もともとコンピュータが好きだったので、工学部に行こうと思っていました。そんな時、叔父から「コンピュータはあくまでも手段だから、もう一つ掛け合わせると良いよ」と言われたことが妙に引っかかって…たまたま見つけた「農業工学科」を進路希望に書いたら通ったんです。
農業工学科入ってみたらとてもおもしろかったのですが、大学を卒業してからも農業に関わることになったのは本当に偶然でした。生検機構(のちの農研機構)に就職し農林水産省への出向を経て農研機構に戻り、民間企業とのプロジェクトに参加。それが、トラクターで真っ直ぐ走るための『農用車両ナビゲーター』だったんです。
農業で、真っ直ぐに走らないとかなりの損失になることは問題視されていて、1960年代から自動運転技術は研究されていたんです。それでもやはり難しく、高額な値段で、安全面に関しても課題が拭えず、農家に実際に使ってもらえるまでには至りませんでした。そこで、画面を見ながら運転すれば走りやすいだろうと思い、ソフトウェア開発の研究をしました。
しかし、研究所の目的は論文を書くことなので、一生懸命作ったものを農家に届けることはできませんでした。どうしても農家の手に届けたかったので、販売代行してくれる会社を見つけてお願いしました。そういたら、1台も売れなかったんです。値段も高く、ハンドルと併せて購入できるなどの拡張性がなかったため、「海外製品には勝てません」と言われてしまいました。

-起業することになったきっかけを教えてください。
きっかけ自体は、研究所で作ったものが、一台も売れなかったからかもしれません。
前述の通り、起業するまでの会社員だったときは、誰もがトラクターで真っ直ぐ走れるようにするためのソリューションを、とにかく頑張って作りました。「心血を注ぐ」という言葉がピタリと填まるくらい。なので、それを使ってもらうことまで自分で見届けたい、リスクを背負ってでも自分でやりたいと思ったんです。それだけ、可能性があると信じていました。
実は、起業を決断してから実際にそれまで勤めていた会社を退職するまでに、4年ほど時間がありました。理由は2つ。このまま辞めても自分の行き場がなくなると思ったのと、自分一人では作れるものに限界があると思ったからです。特に後者は大きな問題で、自分が得意なアプリを作れても、自動操舵するためのハンドルを動かすモーターは作れないなと。ただ、インターフェイスが共通化されていれば、それぞれのモノを持ち寄れるのではないかと考えて、国内規格を作りました。
-創業してから今まで、一番大変だったことは何ですか?
やっぱり、資金調達でしょうか。2018年の5月、それまでフルタイム勤務4人がメンバーとして一緒に働いていてくれましたが、資金がショートして私一人になったんです。
2015年にリリースしたトラクター運転支援アプリ『AgriBus-NAVI』は、スマートフォンに搭載されているGPSを使うのですが、私が追い求めていた精度には足りていなかったんです。なので、私が思い描く最強のGPSを作れば、農家さんもより真っ直ぐトラクターで走れると思い、開発に着手しました。
2017年に金融機関から借り入れができたのですが、”最強”に拘り過ぎて、なかなか最後まで上手く出来上がらなかったんです。そうして資金がショートし、私一人になりました。
IVSで1位になったり他のピッチイベントでも勝率8割をキープしていたのですが、資金調達まで漕ぎ着けることができなかったんです。エンジニアと経営者、どちらも上手くやろうとしていたのですが、難しかったですね。

-たくさんの困難があったと思いますが、どんな人に相談した?
とかち・イノベーション・プログラムという、2015年から十勝地方で始まった起業家を生み出すためのプログラムがあるのですが、そこに携わったときに信頼できる人と繋がりができました。一人は投資家です。事業が上手くいかないときに、「社長(私)がボトルネックなのですが、どうしたらいいでしょう」と質問に行ったことがあります。一人は、金融機関の方です。彼には、にっちもさっちも行かなくなったときに「事業の畳み方を教えてください」と話に行ったことがあります。お二人とも、暖かく励まし、アドバイスを頂きました。
-イメージしていた起業と、実際にやってみた起業、どんなギャップがありましたか?
ギャップは感じませんでした。大変だろうなと思っていましたが、やっぱり大変でしたね(笑)ただ私はメンバーに恵まれて、本当にラッキーでしたし、ありがたかったです。
起業してみて分かったのですが「よし、行けるぞ!」と思ったり「あぁ、ダメかもしれない…」と思ったり、メンタルの高低差はやっぱり感じます。ジェットコースターみたいですよ。1日で上がったり下がったりすることもありますし…事業のことを考え始めると不安はつきものです。最初は不安に振り回されることもありましたが、最近は考えるのをやめるようにしています。「そういう状況になったら考えよう」と。そう思えるようになりました。
起業当初は精神的に落ち込むことも多くあり、情報を入れない方が良いときもあるんです。ネガティブになる情報を取り入れない自分を許してあげるんです。そうやってバランスをとるやり方を見つけたんですよね。どれだけ自分を許してあげるかは、長く事業をやっていく上で非常に大事だと思います。

-起業に尻込みしてしまっている人にメッセージをお願いします。
起業って、自分の出来ることと、周りの人に喜んでもらうことが重なったところにあると思うんです。
自分の出来ることや得意なことに気付いていない方もいるかも知れませんが、皆さんそれぞれ素敵なものを持っていますよ。好きなこと、得意なこと、出来ることなど、それぞれが積み重ねてきたものです。私自身は、農業機械に関することやコンピュータ、通信に関することがそれでした。
傍から見ると、「すごいじゃん!」って思うことを、皆さんたくさん持っていると思うんです。そういう自分の良いところを見つけて起業に生かしてほしいですね。
なかなか見つからないという人には、自分をたくさん褒めてあげるといいかもしれません。褒めてあげて、自分の出来ることを大切にして、周りの人にもっと喜んでもらってください!
濱田安之
株式会社農業情報設計社 CEO(最高経営責任者)
1970年北海道室蘭市生まれ。北海道大学農学部卒業後、1996年生物系特定産業技 術研究推進機構に入所。農林水産省生産局、独立法人農研機構北海道農業研究センターを経て2014年 に株式会社農業情報設計社を設立。
研究職としてGPSガイダンスシステムを開発、精密農業やロボットトラクターに応用するとともに、農業機械通信の共通化のリーダーとして農機メーカーと工業会をまとめ国内規格(日農工規格AG- PORT)を作り上げた。
現在も前職と同様「農作物・畑・田んぼそして農業者に一番近い先端技術」の開発・提供に取り組む。
国内農機メーカーとの間に強いネットワークを持つほか、情報通信制御の共通化・標準化に関しても ISOの日本代表委員であり、国際的な農業データ連係基盤AgGatewayの日本国内での普及にも尽力し、 AgGatewayAsiaの会長を務める。
株式会社農業情報設計社 事業詳細
GPS を利用して真っ直ぐ等間隔、効率的な走行と作業を実現するトラクター運転支援アプリ「AgriBus-NAVI」は世界 140 か国の農 業者に愛用されており、ダウンロード数は、2020 年 5月末現在 70 万ダウンロードを超えている その他、クラウド上で作業履歴や圃場を管理する「AgriBus-Web」、受信精度を高める外付け GPS/GNSS レシーバーである 「AgriBus-GMiniR」のほか、自動操舵を実現する「AgriBus-AutoSteer」と専用の GPS/GNSS レシーバー「AgriBus-G2」も販売を開 始している。どの商品も、農業者様が、高額なトラクター等を買い替えることなく、お手持ちの農業機械に繋ぐだけで、安価に導 入できることが一番の特徴。
https://agri-info-design.com/